環境俳句 

エコの心 〜お客さまは神様?〜

野村び骨

 

蚯蚓死す土無き街の舗装路に 林 翔

 正直いってこの作品は好きではないし佳い句だとも思えませんが人工の何たるかを如実に示す作品として取り上げました。

 生きものは養分のある土が無ければ生きていけないのです。だが人間は、生きる場所に土が無くとも遠くの土で育てた生きものを持ってきて生きていられます。この事は重要であり人間として絶対に忘れてはならない事例と思います。

 人は自らの手で食べ物を生産し収穫しなくても金と交換することで手に入れることが可能です。それが経済でありこの世の中で金銭を最も大事と考えている人が大多数である原因です。ともすれば人の命より金銭を上位と考え、自己中心を信条とし自分の楽を優先する人が多くなった源でしょう。

 大人がそうですからその子どもが染まり更に極度になるのも止めようがありません。エコライフを考える時、人間も限られた生命体であり地球環境の中でしか生きられないことを第一とすべきでしょう。人間が自分の知恵で充分に生きられよりよい暮らしが可能だと考えることのしっぺ返しとして、人の心が無機質になるという大きな代償を払いつつあることをはっきりと認知することこそエコの本来ではないかと思うのですがどんなものでしょう。

 理想論が現実論に負け続けるのも経済最優先、効率主義、我田引水的科学の進歩にあると思います。ではどうするか、とりあえず経済の拡大に歯止めをかけほヌほどの暮らしをよしとする平穏が必要でしょう。デジタル製品の日進月歩に疑問符をつける心の余裕こそその第一歩だと思うのですが、こんな事とても受け入れないでしょう。

 八年間あるスーパーで売り子をしていて、近頃ますます非人間的で社会性に欠ける手前勝手な解釈と理屈を無理強いする客が増えたと思います。このことはエコライフをますます遠く押しやる力になってしまいます。ほとんどの人がその心から社会性が退いて、ものを安く有利に手に入れたいと思い、成功すれば万歳舌なめずりさえしたい心境になるのですからとても理論で修正することは不可能でしょう。「お客さまは神様」的商法はここらで是正し、自らがよりよい社会へ組する一員の自覚を持った商売を心より期待し念願しています。


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