手短かといふ涼しさのありにけり 玉井葉子
八月下旬の午後句会に出席した、会場はある有名寺院の庫裏の一室で暑い中をやっとの思いでたどり着きクーラーの効いた部屋に入って心底ホッとした。
そこはとうてい街の中とは思えない林と池にとり囲まれて、古い建物の一室で三方は廻廊になっており廊下の硝子戸が障子を全て閉ざした二十畳ほどの部屋で庇も深い。まことに快適と言いたいところだが一時間もすれば半袖の腕を掌でさすりたくなってくる。
句会を終って庭を見学させて貰った、木洩陽と樹間を抜けるわずかな風に何やら本当の居場所に還ってきたような安穏な心持よさに私の体も心も夏を喜んだ。
勝ちたれどぢきに捨てられ角力草 郡司哲也
戦前の私の少年時代、角力草の勝負のように一回きりで捨ててしまうものもあったが、ポプラの葉柄のように塩漬にして保存し勝負に臨んだ。こうした草木を使っての遊びはその草なりを見極める目と勝負の技というか呼息があり、そのためにどれだけ本気で経験を積み工夫したことか。こうした少年時代が私の人生にどんな形で影響したかは解らないが、少年時代が充実していたという思いだけは確かである。
今朝のこと薩摩芋を焼きにけり び骨
戦中戦後本当によく食べた。私と同年配の人たちはもういいと拒否するが私は何故か好きである。冬になると石油ストーブの上にのせて気長に焼くが、まだストーブを出していない秋はオーブンで焼く、その際アルミ箔で包んで焼けば早く焼けるが水分が抜けきっていない為に茹でたような味になる。せっかくだからホクホク焼けたのが良い。
近くに住む二人の孫は芋好きに育った。
環境俳句をホームページでも続けることになった。
ふる里の紅葉電話で尋ねたり び骨